冬よ、まだ行かないで。
▲わが家の庭に咲いたツバキ
今年の冬は暖冬だった昨冬とは比べようもないほど寒く、
関西の低地でも耳が痛くなるような冷たい風が吹き、時おり雪も舞ったりしている。
寒さが苦手な私は、オカモス関西やコケ仲間たちとの観察会には気合を入れて出かけるものの、
コケの写真を撮りに行くなどの「ソロコケ活」には足が重く、普段はほとんど家で縮こまっている。
わが家の近所の庭木は多くが落葉樹で、この時季はまだ枝に小さなつぼみを
つけているだけで息をひそめるようにして過ごしている。
だから逆に花をつけている植物は、とてもよく目立つ。
たとえばツバキ、サザンカ、ロウバイ、マンサク。
もうそろそろウメも咲きそうだ。
外出時はそれらの花の色を眺めるのは小さな楽しみで、
眺めている間はしばし寒さも遠のく気がする。
先月、NHKの「ラジオ深夜便」をぼんやり聴いていたら、
植物学者で日本高山植物保護協会会長の岩科司さんのお話が興味深かった。
なんでも真冬に花を咲かせる植物の花粉の運び手は、
虫などの変温動物がこの時季は頼りにならないために、
ほとんどが鳥なのだという。
しかも鳥は種類によって好む花の色が違い、
メジロはとくにツバキを好み、
ヒヨドリはロウバイは好むのだそうだ。
さらに岩科さんは、訪花動物(鳥、虫など)の色の好みについて、
赤色系の花は鳥や蝶に、青色系は蜂の仲間に、白色系・黄色系は鳥・虫、全般に
好まれる傾向があるとも解説されていた。
花もただなんとなしに咲いているのではなく、
咲く時季によって戦略的に花の色を決めているのかもしれない。
これからは花を見る目が少し変わりそうだ。
▲ロウバイ
▲ツワブキ
▲ツバキ。誰かさんの仕業で花びらに黄色い花粉がいっぱい
▲下の花びらに傷がついているツバキをよく見かけるが、これは鳥が花びらに足をかけて蜜を吸っているから。
ラジオで聴いてからよく観察するようにしていると、メジロがとまっているのを目撃。上の写真もきっとメジロの仕業だろう
こうして今、この時季に咲く限られた花たちを静かに眺めている時間がもう少し続いてほしい。
春になり、生命力あふれるものたちがそこかしこにあふれ、
自分の五感が追い付かないほど賑やかになるのはまだ先でいい。
この冬に私がそんなふうに思うのは、花の色と訪花動物の話を聞いたからだけでなく、
人生の恩人が突然あの世へ旅立ってしまったからだ。
私がフリーランスになった十数年前から付き合いのあった仕事先の大先輩で、昭和10年代の戦中生まれ。
業界でも超古株で、いわゆる仕事の仕方は〝昭和の親方〟風。
部下には厳しい人だったに違いないが、なぜか私には気を使ってくださり、
親しみやすくて、世間話しをするだけでもたくさんのことを学ばせていただいた。
時に突然振られる仕事の量の多さや、締切りの短さに、ついこちらが本音を出しても
「大丈夫。アンタならできるよ!」
と瞬時に切り返され、強引で押しつけがましいなぁと思いつつ、
その人から出る言葉にはなぜか不思議とこちらをやる気にさせる力があった。
いつの間にかそんな言葉に何度も持ち上げられ、
他の仕事をしていても似たような場面になった時にたびたび思い出し、
何度も救われてきた気がする。
まったく畑違いの私のコケの仕事も高く評価してくれ、応援してくれていた。
「お歳だった」と言えばそれまでだが、その訃報はあまりにも突然で
(なにせ前日まで普通に仕事をしておられたのだそうだ)、
いまだ信じられない半分、「いつかは」と覚悟していたことがついに来てしまったという諦めもある。
一報を聞いてからもう1か月ほどが経ったが、いまも喪失感と回復の兆しが寄せては返す波のように訪れる。
生きていらっしゃる時よりも何倍もお顔を思い出すことが増え、
人はこうやって故人を心の中に住まわせていくのかなと思ったりもする。
きっと日にち薬で、もう少しすれば次第に回復の波の方が大きくなっていくのだろう。
賑やかで目まぐるしくて、そのあまりにも華やかな変容ぶりに
否応なく心が奪われる春が来てしまう前に。
限られた彩りをただ静かに愛でることができる、
この冬の景色とこの思いを噛みしめていたいと思う2月の終わりである。
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▲先週はコケ友の皆さんと2月恒例の「ミドリコケビョウタケを見る会」を開催。
今年もこの小さき青色の菌類をアカウロコゴケの群落の中に見つけることができた
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